gコラム

 

作曲家のジレンマ

僕は一般の方や企業、様々な方から作曲依頼の申し込みを受け、
制作するお仕事もしています。

 

 

どんな曲にしたいかを確認し、制作し、完成したら一旦依頼者の方に聴いていただくのですね。
それで、不満点や修正希望があればその時に確認し、
曲や歌詞を直したりします。

 

一応僕もプロで、曲はこういう時にこうした方が良いとか、
歌詞はここでのつながり上こういう言葉を入れた方がいい、韻を踏むなど計算して作ったりしてるんですね。

 

 

その曲を聴いて、依頼者の方が新たに修正希望を申し出てることがあるのですが、
それをやってしまうと、明らかに楽曲のクオリティが下がってしまう・・・
という内容が実はかなりあります。

 

そしてそれを説明しても、ピンとこないようで、結局やることに、
完成してみると案の定クオリティが下がってしまう・・・ということがあります。

 

特に、依頼者が何かこだわりがある場合に多いですね。

 

例えば、ここでギターの音をギャンギャンに利かせてほしい、暴れさせてほしい等、
前後のつながりがとても重要で一旦落ち着いた方が良いようなフレーズでそのような希望が入る場合、
一応それはここでは合わなく、他の楽器や曲の盛り上がりとの兼ね合いを考えてあまり
目立たせない方が良いと思います。
と伝えます。

 

しかし、ギターのギャンギャンがほしい!という意思やイメージが固まってしまっている方の場合、
全体的なクオリティ云々よりも、それを入れることそのものを優先させたがってしまうのです。

 

それを入れればカッコいいんだ!という考えを持ってしまっているというか。

 

おそらく、何かの曲でギャンギャンに利かせたギター音がかっこよく、そんな感じのを入れておきたい!
とお考えなのでしょう。
しかし、そのフレーズの前後のつながりや、曲全体のバランス的にそ曲では合っていたかもしれませんが、
今制作している曲には合わないのです。

 

それが理解できない、もしくはやはり、合う合わない云々ではなく「入れたい」という気持ちが勝ってしまっているのでしょう。

 

ギャラをいただいて作るので、クオリティが下がる危険はお伝えしますが入れたいと言われれば入れるしかありません。

 

一番悲しいというか、悔しいのは、
自分が作りたかったやり方ではなく、クオリティを下げざるを得ない曲を第三者が聞いて、
僕の意思でそのような曲にに作ったと判断されてしまうことです。

 

うーん、この作曲者吉川の曲のここ変だ・・・と指摘される場所が、
僕の意思と反して入れざるを得ない場所であること。

 

このようなジレンマを、同じように作曲家さんたちは感じたことあるのかなぁと、ふと気になりました。